ケンタロウ

【ケンタロウさん】今食べてる物が、未来を作る。

食育は、本当に大事です。
小さい頃に何をどう食べていたかで、その後の食べ物観が決まります。

多少の好き嫌いの変動はあっても、食べ物観がガラリと大きく変わることはありません。
だいたいは子供の頃から食べきた物の延長線上が今食べてる物です。
ケンタロウさんは、まさにそれを証明しています。

食べ歩きが好きな人は、小さい頃からあちこちに連れて行ってもらってたでしょうし、料理を作るのが好きな人は、やっぱり小さい頃から台所でお手伝いをしていたのです。
それは自分の経験や周りの人を見てもだいたい一致しています。

自分で自分の食育はなかなかできることではありません。
大人になってからハッと気づいたとしても、すでに習慣になってるので、それも難しいです。
むしろ気づかない人が多いでしょうし、「そもそも食育って?」と言う人もいるかもしれません。

もちろん好きな物を好きなように食べていいのですが、今自分が食べてる物が自分の子供に影響し、それがまたその子供に影響して、さらに…と永遠に続いていくことを考えると、何をどう食べるかの責任はとても大きいです。

食べ物と記憶はガッチリと結びついています。
たとえば、小学校の授業の内容なんてまったく覚えてなくても、給食で出た揚げパンの時のテンションの上がり方や、入ってた容器の隅にたまってた砂糖をなめたとかははっきりと覚えてます。

運動会のお昼休みにグラウンドでみんなで食べてたおにぎりが落ちたとか、中学生になって期末テストが返ってきた日の夜ごはんの時の気まずさも昨日のことのように覚えてます。

そういうのをひっくるめて、いつ何をどう食べるかは本当に大事だというのをケンタロウ本を見てて感じます。

たとえば、ケンタロウさんのお母様が料理に関心がなかったら、あのケンタロウさんは存在しないことになりますし、ちゃらんぽらんな食生活だったとしても、それは同じです。

昔、こんなことがありました。
スターバックスで本を読んでたら、近くの席に座った若い女性が両手を合わせて「いただきます」をしてドリンクを飲み始めたのです。
体に電気が走ったみたいに衝撃でした。
唇の動きが「いただきます」と言ってましたし、この人はちゃんとした食育を受けてるなとわかりました。

別の日では、幼稚園くらいの女の子がパンかスイーツを口に入れて、お母さんの顔を見ながら「おいしいね」と言ったのを見た時は思わず泣きそうになりました。
「おいしいね」は言っても言わなくてもどっちでもいい言葉ですが、言った方がその場の空気は温まりますし、言われた側もいい気分になります。
その女の子は素直な気持ちを言葉にしただけなんでしょうが、その家庭の食育が垣間見れた気がして感動しました。

食育は、一日二日ちゃんとしたからといって身に付くものでもはありません。
紙を1枚1枚重ねるように時間をかけて地道に学んでいく必要があります。
でも、教えたり教えられたりするだけが食育ではありません。
世の中のあらゆることが教材になります。
時には失敗して恥をかいたりすることもあります。
そういう経験も食育には大事なことなのです。

 

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